医学史のアウトリーチについて /鈴木 晃仁(慶應義塾大学)

 1980年代から医学史が学術として目覚ましい発展をとげたあと、2000年代から、医学史の研究成果を、学術的な研究者以外の人々に伝える方法が発展して定着している。この動き全体を、英語圏では「アウトリーチ」と呼び、医学史の学術研究にとって、新しい重点的な課題となっている。そのアウトリーチを日本で先駆的に行い、実績を上げると同時に方法論を開拓することが、この「医学史と社会の対話」サイトの目的である。

 学術研究の成果を一般に向けて発信すること自体は、もちろん学者たちが長いこと行ってきた。教科書や新書を書くことは、学生や一般的な読者を対象にしており、その領域や主題の専門家向けに書く学術論文とは大きく異なった営みである。しかし、近年のアウトリーチは、教科書や新書とは異なった、別の多種多様な媒体を求めている。たとえば、ウェブサイトが運用されること、博物館で展示をすること、ビデオや動画にしたメッセージが作られること、学術的な発見をもとにした小説が書かれること、あるいは演劇や舞踏が書かれて上演されることなどが盛んにおこなわれている。[1] これらは、手法も表現形式も目標もいずれも大きく違うアウトリーチであり、それぞれの研究成果の性格や、研究者の志向、誰に伝えたいのかという目的の違いなどによって、さまざまな方法のアウトリーチが行われている。

 このような近年の多様なアウトリーチを支える重要な点は、学術の成果の社会発信が、学者だけが行うものから、業種複合の性格を持つようになり、学問以外の職業と密接に協力しながら行わることである。情報発信においてもプロとの協力で発信機能が高いサイトを作ることができるだろうし、博物館の展示はキュレイターとの協力が必要である。歴史素材をもとにして演劇を作るとなれば、脚本家、演出家、劇団との協力が必要になる。このような異業種複合のスタイルは、もともと学際的な領域で、医学と人文社会系の協力が必要である医学史に、新たな異業種との連携と新しい表現スタイルという重層を生み出すであろう。どのような異業種と付き合って、誰に向かって、どのような医学史の社会発信を生み出すのか。それを問いながら実践していくことを、このウェブサイト「医学史と社会の対話」は目標としている。

 [1] たとえば、優れた医学史の研究センターを持っているイギリスのウォリック大学は、医学史のアウトリーチの発信に力を入れている。こちらは、医学史の素材をもとにした演劇作品や、映像に仕立てられた説明などを持っている。一方で、イギリスのヨーク大学の医学史のセンターは、歴史的に重要な事業をなした関係者を含めたセミナーを録画するという資料性が高いものを提供している。

http://www2.warwick.ac.uk/fac/arts/history/chm/outreach/ ;
http://www.york.ac.uk/history/global-health-histories/publications-outreach/outreach-materials/

both websites accessed on 13 August 2016.